一富士二鷹三茄子
    いちふじにたかさんなすび            
一富士二鷹三茄子は昔からのことわざで、夢に見るものの中でめでたいものの順番を指すことばです。とくにお正月の初夢でこれらを見ると大変縁起が良いといわれてきました。一番の富士山は日本最高峰の霊山、二番の鷹は、鷲とともに鳥の王者。ですからめでたいのは当然ですが、ではなぜ三番目が茄子なのでしょう?


理想の初夢・一富士二鷹三茄子
静岡県中央部地図
このことわざは江戸時代の初めごろから言われてきたようです。このことわざの説明として次の三つが挙げられています。

1.駿河国(するがのくに・今の静岡県中央部)の名物を順にあげた。

2.徳川家康が、自分の住んだ駿河国の高いものを順にあげた。鷹は鳥ではなく、富士山の近くにある愛鷹山
(あしたかやま)のこと、茄子は初物(はつもの・その年の最初の収穫品)の値段の高さをいう。

3.富士山は高くて大きく、鷹はつかみ取る、茄子は「成す」に通じて縁起が良い。

徳川家康

このうちでは、1の駿河国の名物説がもっとも有力で、
「三茄子」のあと「四扇(おうぎ)」「五煙草(たばこ)」と続くといいます。けれどチューさんは2の説が本当ではないかと思います。その根拠は、

 .ナスは奈良時代かその前に渡って来て、早くから東北地方の北部を除く日本国内に広まり、江戸時代には全国各地に土着して広く栽培されていた。ナスは外皮が傷つきやすくて遠方へは運びにくく日持ちも悪いので、みやげ物や名物にはなりにくい。古くから駿河国の三保で早出し栽培が行なわれていたが、1説の駿河国だけの名物というわけではない。

 
.ナスが「成す」との語呂合わせで縁起が良いのなら、昔からの書物に何回も登場するはず。ところが古典文学にナスはほとんど採り上げられていない。だから3説もこじつけと思う。

 .ナスは野菜のうちでもっとも高温に適した種類。その反面、寒さには大変弱い。だから、ハウスや温室のなかった江戸時代には油紙を張った障子で囲って促成(そくせい)栽培をしていたので、ナスの初物は非常に値段が高かった。それで2説がもっともだと思う。ただし、鷹は愛鷹山でも鳥の鷹でもどちらでもよいし、徳川家康が言ったかどうかも怪しい。


こんな理由で2説の
「ナスの初物価格」が本当と思いますが、あなたはどう思われますか。

このほか異説として、
一富士は曾我(そが)兄弟、二鷹は赤穂浪士、三茄子は荒木
浅野家の家紋
鷹の羽の打違い
又右衛門伊賀上野の仇討と、いわゆる日本三大仇討のことだという人もあります。でも、伊賀上野はナスの名産地とはいえませんし、このことわざが江戸時代のかなり早い時期から言われていたことから、仇討由来説は当たらないでしょう。日本三大仇討については別に

    「一に富士、二に鷹の羽のぶっ違い、三に上野の花ぞ咲かせる」

という有名なフレーズがあります。この短歌調の文句は江戸時代の講釈師が言い出したものですが、三大仇討を初夢縁起のナスに結び付けようとして

    「一に富士、二に鷹の羽のぶっ違い、三に名を成す伊賀の仇討」

ともいいます。これを見ても仇討由来説はあとでこじつけた説だと思います。

 <ことば豆辞典>

 【曾我兄弟 鎌倉時代初期の武士の兄弟。通称は十郎と五郎。領地争いで父・河津祐泰(かわずすけやす)が工藤祐経(くどうすけつね)に殺され、母の再婚先の曽我家で育つ。1193年5月、源頼朝の富士の巻狩の場で仇討を果たしたが、二人とも捕らえられて殺された。後年「曾我物語」として文芸化され有名になった。
【荒木又右衛門
 江戸時代初期の剣術家。伊賀国荒木村出身。妻の弟・渡邊数馬(わたなべかずま)の仇討を助け、旗本衆の護衛に守られて九州の人吉へ落ちのびようとする仇敵・河合又五郎を、1634年11月7日伊賀上野で討ち果たした。世に三十六人斬りと言われる。仇討ののち藤堂藩から池田藩に移され、鳥取で死去。


 
ナスの果実の形いろいろ

長卵型ナス 中長ナス 長ナス 丸ナス 小ナス アメリカナス
ナスはインド原産の野菜(野菜はどこから来たの? 参照)。中国か南アジアを経由して奈良時代より前に日本に渡来したといわれます。インド原産なので高温多湿の日本の夏の気候に適して、早くから北日本を除く全国に広がって栽培され、各地に土着した品種ができました。大きさ形はさまざまで、東北地方南部には小型、東日本は卵形、西日本には長ナスが多く、また、地域によって丸形や中長形の品種もあります。

折戸ナス
ササゲ
静岡市清水区に折戸(おりど)という土地があります。三保の松原に程近く、昔からナスの促成栽培が行なわれていて、土地の名から折戸ナスと呼ばれ、徳川家康はこのナスを賞味していたといわれています。長く栽培が途絶えていましたが、近年復活してまた栽培されるようになったと報じられました。折戸ナスはやや小型の丸ナスで、食味はとてもよいそうです。

日本の関東以西の平野の真夏の暑さは熱帯地方以上といわれ、多くの野菜は生育が難しく、その中で
ナスササゲなど数種類だけが収穫を続けられました。平安時代の歴史文学書・大鏡(おおかがみ)にも、都の庶民が鴨川の河原でナスササゲを作って夏を過ごしている話が出ています。日本では大昔から、冬は大根・夏は茄子、この二つの野菜が大切な食料でした。

ところが大切なもの必ずしも尊敬されず、かえって日常的過ぎて良くないものの表現に使われることが多いのです。大根については
野菜昔ばなし・第七話 に載せましたが、ナスも「ぼけなす」とか「おたんこなす」など相手をあざけりののしる言葉に使われています。ナスを詠んだ和歌もありません。

でも、ことわざには良いものがあります。
「一富士二鷹三茄子」以外のものを挙げてみましょう。

     「嫁に食わすな秋なすび」


秋のナスは体を冷やすので健康に良くない」という思いやりの解釈と、「秋ナスはおいしいので嫁に食べさせない」という姑(しゅうとめ)の意地悪と、「秋ナスはタネが少ないので子供ができなくなる」という家族の心配。この3説があります。

     「瓜のつるにはなすびは成らぬ」

良くない親から良い子は生まれない、下手な師匠から良い弟子は出ない、の意味で、ナスを瓜よりも上に見たことわざ。でも「(とび)が鷹を産む」とも言いますから必ずしも当りません。

     「親の意見となすびの花は、千に一つのあだもない」
ナスの花の断面

この都々逸(どどいつ)調のことわざも瓜とナスを比べたもの。ウリ類の花は雄花雌花があり、雄花は結実しません。ナスはおしべめしべを持つ両全花(りょうぜんか)なので、このことわざができたのでしょう。でもナスのような両全花でも栄養不良や受粉不良で結実しない花もかなり多く、花の半分近くが結実しません。
 

ナスの花には昆虫がほとんど来ません。花のおしべの(やく・花粉が入っている袋
)は、先端の穴から花粉が出て下に落ちるときに、めしべの柱頭(ちゅうとう)に着きます。柱頭に着いた花粉は、発芽して花粉管(かふんかん)をめしべの中へ伸ばし、花柱(かちゅう)を通って子房(しぼう)の中の胚珠(はいしゅ)と受精します。でも、栄養の悪い花は、花柱の長さが健全な花の半分以下と短くて、花粉が柱頭に着かないから受精できずに落花してしまうのです。

親の意見も、ときには子供の才能の芽を摘むことがあるようですね。
                   では、今夜こそ、夢で茄子に会いましょう。

     
   
                        

 このページの制作にあたって、折戸ナスの写真を、川島安一氏の山草人のモノローグから転載させていただきました。ご厚意あつくお礼申し上げます。
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