唱歌・戦友
戦友(せんゆう)」は明治38年、まだ日露戦争が続いているときに作られた歌です。本来は、一人の兵士が出征後負傷して凱旋し、村長となるまでを歌った、極めて長い「学校及び家庭用言文一致叙事唱歌・戦績」という10編から成る唱歌の中の第三篇でした。

作詞者・真下飛泉(ましもひせん)には戦争体験はなく、のちに義兄となる木村直吉から、奉天(ほうてん・現在の中国東北部の瀋陽市)会戦の実情を聴いて作詞したと伝えられています。

戦友を失う兵士の哀愁を切々と歌い込む歌詞と、同じく哀切極まりない曲が人々の共感を呼び、たちまち全国に広まって永く歌い継がれました。戦前の日本でこの歌を知らない人はなかったといわれます。


唱歌戦友を軍歌という人もありますが、私は、唱歌戦友軍歌ではなく、反戦歌でもなく、戦死者を弔う鎮魂歌だと思います。戦時中、軍部は出征兵士を送るときにこの歌を歌うことを禁止しましたが、この歌が絶えることはありませんでした。現在でも愛唱する人は多いと思います。

日露戦争というと遠い昔の出来事と思う方が多いでしょうが、私の伯父二人が戦場に赴き、ひとりは奉天会戦で戦死しました。日露戦争はチューさんにとっては身近な出来事なのです。



では、
戦友全歌詞をご覧ください。

  歌詞の中の言葉の読みと解説

満州(まんしゅう) 現在の中国東北部。
軍律(ぐんりつ) 軍隊の規律。軍人は戦闘中に戦闘以外のことをしてはいけないとされた。
仮繃帯(かりほうたい) 繃帯を今は包帯と書く。応急の手当て。

弾丸
(たま) 5音にするために「たま」と読む。
突貫(とっかん) 鬨の声を挙げて敵陣に突撃すること。
玄界灘(げんかいなだ) 福岡県北西の海。冬は風波荒いことで有名。

煙草
(たばこ)
親御(おやご) 他人の親を尊敬して言う言葉
一雫
(ひとしずく) 一滴のこと。ここでは涙をいう。
行燈
(あんど) 7音にするために「あんどん」をつづめた。行燈は木枠に紙を貼った囲いの中に油皿を置いて灯火をともす昔の照明器具。

戦友YouTube で歌を聴くことができます。

  
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