日本人は山葵
 
山葵(ワサビ)は日本に自生する野菜です。香辛料として、日本食の代表の刺身や寿司を食べるときに使います。刺身や寿司も、ワサビが添えられてこそ、本当のおいしさが感じられるものでしょう。

ところで、
「ワサビの日本人と唐辛子の韓国人」という本を書いた人がいます。著者は韓国出身の有名評論家・O氏。二つの香辛料をたとえに、日本人はワサビのようで、韓国人は唐辛子のようだと、それぞれの国民性を比べているのです。この説、ほんとでしょうか。また、この二つの野菜の辛味はどう違うのでしょうか。まずは香辛料野菜から、ワサビの辛味へとたどってゆきましょう。

ショウガ サンショウ

野菜には、香辛料野菜と呼ばれる一群があります。それぞれ特有の香りや辛味成分を持っていて、これを他の食品に添えたり、または調理のときに混ぜたりすることで、口に刺激を与え、食品の味を一段と引き立てるものです。

通常、味覚というのは、甘味塩から味苦味酸味旨味(うまみ)の五つを言い、辛味は入っていません。

その辛味の本体は舌や口の中に感じる痛覚ですが、人類や類人猿のチンパンジーなどのように発達した脳を持つ動物では、この痛覚を辛味と感じるそうです。

人でも子供の間は辛味を嫌いますが、大人になって辛味を繰り返し感じると、次第に慣れて、この痛覚とそれに伴う感覚が、辛味という快感を伴う味覚のひとつになってゆくといわれています。
 
 野菜の辛味は、大きく分けて次の3つがあります。


 1. ワサビの辛味・・・・・鼻や頭にツーンとくる強い辛味だが、あとに残らない。
 2. トウガラシの辛味・・・・・辛さとともに熱さを感じるピリピリとする辛味で、長時間続く。
 3. ショウガサンショウの辛味・・・・・舌がしびれるような辛味。刺激はやや弱く辛さはしばらく残る。


ワサビの根茎
さて、ワサビの辛味の正体はなんでしょうか。ワサビの辛味成分はシニグリンという物質です。シニグリン自体には辛味はありませんが、すりおろしたりして細胞を壊し、シニグリンを空気中の酸素に触れさせると、ミロシナーゼという酵素の作用でアリルイソチオシアネートという物質を生じます。このアリルイソチオシアネートワサビカラシナの辛味成分です。

ワサビはアブラナ科の植物ですが、シニグリンはアブラナ科の野菜に広く含まれている物質です。同じアブラナ科のカラシナダイコンなどの辛味も同じシニグリンです。タマネギの辛味もアリルイソチオシアネート系で同類です。ワサビにはその含量がとくに多いのです。

ワサビの辛味の刺激は、舌の上から口腔(こうくう)の上部を通って、鼻や前頭部にツーンと来ます。にぎり寿司や刺身に添えたワサビで強く刺激を受けたときは、口を閉じてうつむきがちになって辛味をこらえます。

しかし辛味を強く感じるのはわずかな時間で、消え去った後は清涼感を伴います。お茶を飲むと、口に残った辛味も消え去り、続きをまた味わいたくなります。この辛味の感覚が日本人の心情を表わしている、と評論家O氏は言うのです。

つまり、
ワサビの辛さは体の内部にジーンと来るので、日本人の物静かさ、受け身的な態度や表現、あっさりとした変わり身の早さ、などがワサビ的なのだそうです。そしてこの反対、トウガラシの辛味の熱気、持続性、能動性が韓国人の性情をよく表現しているとO氏はいいます。



物静かなワサビ型の日本人 vs カッカとしやすいトウガラシ的韓国人? 国民性はそんなに違うのでしょうか? 違うとすればその原因は何によるのでしょう? O氏によると、このこの国民性の相違は、地政学的なもの、宗教の違い、またそれらを含んだ永年の政治的事情、によるのだそうです。

日本人は、宗教的に縛られず原理原則を持たない。すべて控えめに身を処し、受身形でものを言う。格差が少なく平等性が高い。その結果、日本人は
ワサビの辛味のようにあっさりとした心情を持つといいます。

確かに日本人は、大昔から大仰に自己主張を言い立てるのを嫌う心がありました。大言壮語せず、喜怒哀楽を顔に表わさず、黙って、しかも立派に役目を果たす、これが日本人の美学でした。

萬葉集にある右の歌は、藤原宇合(ふじわらのうまかひ)が西海道(さいかいどう)の節度使(せつどし)として九州へ派遣されるとき、友人の高橋虫麿(たかはしのむしまろ)が贈った短歌です。歌の意味は次のようなものです。


「敵が何千万の軍勢であろうと、あなたは言葉に出してとやかく言わず、捕まえて来る男だと私は思っています」

大昔の日本は「言挙げせぬ国」といわれ、いたずらに大声で言い立てるのは恥ずかしい行為だとされていました。現代でも「能ある鷹は爪を隠す」のことわざどおり、真に教養ある人物はいたずらに自己主張をしないのを美徳と考えています。つらいこともじっとこらえ、冷静に大事を果たす。これがワサビの辛味にたとえられるのでしょう。

  <ことば豆辞典> その一

【地政学】 政治現象と地理的条件との関係を研究する学問
【藤原宇合】 694-737。奈良時代の廷臣。藤原不比等の三男。式家の祖。常陸守・西海道節度使・参議・式部卿・太宰帥を歴任。
【西海道】
今の九州地方。筑前・筑後・豊前・豊後・肥前・肥後・日向・薩摩・大隅・壱岐・対馬の9国2島をいう。
【節度使】 昔の中国・唐の制度にならい、奈良時代に辺境の要地に置いた軍の司令官。



長野県安曇野の沢ワサビ栽培(大王わさび農場)
奈良県での畑ワサビ林間栽培 長野県でのワサビダイコン栽培
日本人の性情にたとえられるこのワサビ。太古から日本各地の山中に自生していたアブラナ科の常緑多年草です。

北は北海道から南は鹿児島県の屋久島まで、深山渓流の沢に群生する水生植物で、現在でも
沢ワサビとして冷たい水の流れの中で栽培されています。

ワサビの茎は短くて根茎(こんけい)と呼ばれ、この表面から葉と多くの根が出ています。根茎は長さ5〜20cmくらい、全体にゴツゴツした感じです。

葉の形がフタバアオイに似ているので、漢字で
山葵と書きます。中国にも自生していますが、栽培はしていないそうです。韓国には自生がないようです。

現在の主産地は、長野県の安曇野(あずみの)や静岡県の伊豆(いず)地方。安曇野では幅広い渓流地で、伊豆では山間冷涼地に人工的に作った緩やかな階段状の砂利床で、栽培しています。生産には水温の影響が大きく、10〜13℃が適温です。水のきれいなこと、水温が適していること、この条件で生産地がごく限られます。

沢ワサビのある系統は、水流のない畑でも栽培できます。畑で栽培したワサビ畑ワサビと呼ばれ、品質は沢ワサビには及ばないとのことですが、栽培しやすいので、標高の高い林間などで作られています。

このほかにワサビダイコンという野菜があります。ワサビダイコンは畑で栽培する北ヨーロッパ原産のアブラナ科の香辛料野菜で、日本のワサビとは別の種類です。長野県の准高冷地や北海道などで栽培しています。

辛味成分は同じですが、
沢ワサビに比べると品質は劣ります
辛味ダイコン
粉わさび練りわさびの材料として多く利用されていますが、色がうすいため緑色に着色することもあります。

ワサビの花 ワサビダイコンの花
シニグリンはアブラナ科の野菜に広く含まれている成分で、モンシロチョウは微量のシニグリンに引かれて飛来するともいわれます。

数多い
ダイコンの品種のなかに、ワサビと同じような使い方をする辛味ダイコンがあります。

辛味ダイコンは地方によってタイプの違うものがいくつかあるようですが、京都市北区鷹ヶ峰(たかがみね)で元禄時代から栽培されている系統は、直径3〜5cmくらいの小カブのような丸形。水分が非常に少なく、おろしてもサラサラしています。

そのため、ソバつゆが薄まらないので、昔からソバの薬味用に栽培されてきました。辛味成分は
ワサビと同様ですが、ワサビとはまた違った独特の辛味で通人にもてはやされました。ワサビと同じく食べる直前におろして、ソバにのせて食べます。



鼻から前頭部にツンと来る強いワサビの辛味。グッとこらえたあと、辛味は消え去り、心地よい清涼感さえ感じます。この感覚が日本人の辛抱強さ、内省的、変わり身の早さ、を表わしているといいます。ほんとにそうでしょうか。

評論家O氏は、日本人の性情が
ワサビの辛味に例えられるのは、行動に原理原則を持たないからだといいます。でも、日本人が昔から原理原則を持たなかったわけではありません。武士の時代になってから、韓国と同様に儒教が生活や行為の手本になりました。儒教の教えの中心は、
   
             「(ち) ・ (てい)」

でしょう。韓国では、儒教が宗教として信仰された結果、儒教の教えを自分自身や他者に向けて達成できなかったときは、それが恨(ハン)という思いになって長く残る、恨(ハン)は単なる恨みではなく、悔しさや嘆きともなり、それを溶いていくのが美徳とされる、これが韓国人に特有の心情だ、と評論家O氏は述べています。

これに対して日本では、儒教の教えは宗教という形ではなく、日々生きるうえで守るべき道徳規範でした。武士道精神もこの教えに基づいています。


教 育 勅 語 (明治神宮所蔵)  明治天皇
(文部省尋常小学国史下巻より)
明治23年(1890年)に発布された「教育勅語(きょういくちょくご)」の中核部も、儒教道徳による諭しでした。これが明治から戦前昭和期までの日本国民の道徳的道しるべになっていたのです。

この生活の基本則が失われたのは、第2次大戦敗戦後からです。それでも、奇跡的復興といわれた戦後の日本の発展を成し遂げたのは、戦前にこの勅語による儒教的道徳教育を受けた世代の人たちでした。

新渡戸稲造 現在も版を重ねる「武士道」
教育勅語は、当時の憲法に基づき、明治天皇が国の統治者として、国民とともに守っていこうとして発布された勅語で、国民道徳の根源と国民教育の基本理念を明示したものですが、内容は、昔から伝えられてきた儒教道徳や武士道の精神を改めて文章化したもの、といえるでしょう。

中核部の終わりが「
皇運を扶翼すべし」とあることから、すべてを天皇のためにとなっているのがいけないという人もいますが、前年に制定公布された明治憲法のもとでは当然の記述だったのでしょう。この記述は「祖国のために尽くしなさい」と同じ意味だと思います。
     教育勅語 について、詳しくは  こちら

明治32年(1899年)、アメリカにいた新渡戸稲造(にとべいなぞう)は「BUSHIDO,THE SOUL OF JAPAN武士道・日本の精神)」という本をを英文で出版しました。この本は世界的ベストセラーとなり、当時のアメリカ大統領・テオドル・ルーズベルトはこれを読んだ感動から、日露戦争の講和の仲立ちを決意したといわれています。

金銭や理屈よりも精神的道理と情緒を尊び、名誉を重んじ、恥を知り、義を貫くためには自己犠牲をもいとわない。明治時代の日本の指導的立場にあった人々の多くは、このような精神構造を持って行動しました。この心情は庶民にも及び、義理・人情を重んじて利己心を抑え、辛抱強く生きようと心がけたものです。 

でも現在、こうした心構えが戦後生まれの中若年の日本人にどれだけ残っているでしょうか。残念ながら、今の日本の社会は、最低限度の仁・義・礼も失われつつあるように感じられます。

 平成17年(2005年)に藤原正彦氏が「国家の品格」という本を書き、ベストセラーとなりました。この本で藤原氏は、市場原理主義・金銭至上主義ばかりが横行し、このままでは日本の国家や民族の品格が失われてしまうと警告を発しています。


日本人が民族の品格を取り戻すには、まず第一に、政治家が、教育者が、公務員が、反省の上に立って徳行の範を国民に示すべきでしょう。それができてこそ、国民が納める税を報酬として受ける資格があるのだと思います。
 <ことば豆辞典> その二

【儒 教】 中国古代の聖人・孔子を祖とする教え。
【 智 】 単なる知識ではなく、ものごとを理解し、是非・善悪を弁別する心の働きをいう。
【 悌 】 兄や年長者に従うこと。兄弟が互いによく親しむこと。
【勅 語】 天皇のおことば。明治憲法下で、天皇が大権に基づき、国務大臣の副署なしで、親しく国民に発表した意思表示。

【武士道】 わが国の武士階級に発達した道徳。鎌倉時代から始まり、江戸時代に儒教思想に裏打ちされて大成した。忠誠・犠牲・信義・廉恥・礼儀・質素・武勇・名誉・情愛などを重んじる。
【新渡戸稲造】 1862-1933。盛岡出身。札幌農学校卒。アメリカ・ドイツに留学。妻はアメリカ人。帰国後札幌農学校教授となるが、病気のためアメリカ・カリフォルニアで療養。この間に「BUSHIDO THE SOUL OF JAPAN」を出版。のち旧制第一高等学校校長・東京女子大学学長・国際連盟事務次長を歴任。1984年、旧五千円札の肖像となる。

【藤原正彦】 1943〜。作家・新田次郎の次男。コロラド大学助教授等を経て、お茶の水女子大学教授。専門分野は数学。



明治の初め、欧米文化が一気に流入したとき、当時の先人たちは「和魂洋才(わこんようさい)」を唱えて対処しました。和魂洋才とは、日本固有の精神を持ちながら、西洋の知識技術を学び取ることでした。現在もまた第二の和魂洋才を考えるべき時のようです。

すべてがグローバル化してゆく現代でも、アメリカ式原理主義のみに心を奪われることなく、本物の
ワサビを味わいながら、和魂をも鍛えることに努めるべきでしょう。両道をマスターすることはきびしいことでしょうが、この努力をする人が今後に求められる真の人材だと思います。




このページの制作にあたって、
教育勅語の画像転載を明治神宮からお許しいただきました。また、新渡戸稲造の写真を盛岡市先人記念館から、ワサビ畑とワサビの花の写真を大王わさび農場から、畑ワサビ林間栽培の画像を奈良県東部農林振興事務所から、それぞれ転載させていただきました。各位のご厚意にあつくお礼申し上げます。

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