韓国人は唐辛子
キム・ヨンジャさん
演歌の分野で日本で活躍している韓国人の歌い手がいます。名はキム・ヨンジャさん。数多い女性演歌歌手のなかで、日本人歌手以上に日本の歌の心をとらえ、言葉の壁を乗り越えて、切々と歌い上げる、その歌唱力に感動して拍手を贈る日本人のファンがどれだけ多いことでしょうか。
そのキム・ヨンジャさん、来日当初はいくら熱心に歌っても、日本では受けなかったといわれます。そこで歌い方を変え、韓国では楽しい歌も悲しい歌も感情をあふれさせて力いっぱい歌っていたのを、日本では感情を込めながらも抑え目に歌うことで、日本人の心をつかむのに成功しました。

 この歌唱法の違いをキムさん自身、舞台での話のなかで
「日本は山葵、韓国は唐辛子」と説明しています。巧みなたとえ方ですが、両国の聴衆はそんなに感受性が違うのでしょうか。では、まずトウガラシのお話から。



トウガラシ(唐辛子)は、日本にも韓国にも大昔から自生していた野菜ではありません。トウガラシはアメリカ大陸原産のナス科植物。1493年にコロンブスがヨーロッパに持ち帰って旧大陸に入りました。それから約100年、トウガラシは旧大陸の栽培可能な地域全体に広がりました。

 日本へは1500年代の末ごろ渡来しました。豊臣秀吉の朝鮮出兵のときに朝鮮半島から持ち帰ったともいわれますが、韓国では逆に、このとき日本から持ち込んだともいわれています。


家畜の肉を主な食べ物とするヨーロッパでは、それに添える香辛料が不可欠でした。中でももっとも珍重されたのは胡椒(こしょう)で、大変高価なものでした。ヨーロッパ諸国が東南アジアへ進出して領土としたのは、ひとつはこの地域に産する各種香辛料食材を我が物にするためだったといわれます。

数多い香辛料植物のうちで、
トウガラシは最も栽培しやすく、大量生産でき、保存も簡単で長持ちする、大変都合のよい香辛料植物として、アメリカ大陸より持ち帰られてから100年もたたないうちに、もっとも遠い極東にまで広がりました。

 熱帯地域はもとより、温帯地域でも夏季に栽培できる一年生作物として栽培され、各国での食生活に入ってゆきました。中でもアジアでは韓国、ヨーロッパではハンガリーでとくに多く利用されるようになって、民族の食生活に深く結びつき、なくてはならぬ香辛料となっています。


日本の辛トウガラシの代表品種
香川本鷹 栃木三鷹
八つ房 日 光
日本でも、渡来してまもなく栽培が始まり、全国各地に広がっていろいろな品種ができました。現在の主な品種を見てみましょう。

 鷹の爪(たかのつめ)・・・・・果実は上向きに着果し、小さく高品質。収量は少ない。各地で栽培されるが、鹿児島県大隅半島で多く生産された。

 
本鷹(ほんたか)・・・・・果実は上向き。鷹の爪よりやや大きく高品質。瀬戸内地域が主産地。かっては香川県西部での栽培が多く、香川本鷹と称して日本のトウガラシの代表的品種だった。

 
三鷹(さんたか)・・・・・元来は愛知県東部の品種。三鷹は三河鷹の爪の略。果実は房成性で上向き、本鷹より少し大きい。のちに産地が栃木県に移って栃木三鷹と呼ばれた。果実の品質は本鷹に次ぐ。

 
八つ房(やつぶさ)・・・・・果実は上向き房成性で三鷹より大きい。果実の品質は三鷹より劣る。

 
日光(にっこう)・・・・・果実は下向きに着き、大きく細長い。辛味はやや弱い。

日本の
トウガラシは朱赤色が鮮やかで、よく乾燥するので、他の国のトウガラシに比べて品質が高く、1950年ごろは茶に次ぐ主要輸出農産物でした。ただ、収穫に多くの労力がかかるのが難点で、そのために栽培が減少しました。



食材としては、江戸時代からうどん・そばなど温かい食べ物に振りかける香辛料として使われるようになり、トウガラシ専門の行商人も現われ、専門店もできました。ただ、日本ではトウガラシ単品だけでなく、ほかの食材と混ぜて味を複雑にして風味を持たせるよう考案され、今も盛んに使われています。

混ぜる食材の種類や量は地域や店によって多少違うようですが、普通は
トウガラシを含めて7種類で、関西では七味(ひちみ)唐辛子、関東では七色(なないろ)唐辛子(七種唐辛子とも書く)と呼んでいます。

七味唐辛子や七色唐辛子を販売している老舗(しにせ)としては、京都・清水寺参道の「
七味屋」、東京・浅草寺門前の「やげん堀」、長野・善光寺門前の「八幡屋磯五郎」が三大七味唐辛子店として有名です。

店 名 配 合 す る 材 料
七 味 屋  赤唐辛子(乾燥)・青海苔・粉山椒・黒胡麻・白胡麻・紫蘇・麻の実
やげん堀  赤唐辛子(乾燥)・赤唐辛子(焙煎)・粉山椒・黒胡麻・陳皮・芥子の実・麻の実
 八幡屋礒五郎  赤唐辛子(乾燥)・生姜・粉山椒・黒胡麻・陳皮・青紫蘇・麻の実
    材料の説明 : 青海苔(あおのり)・粉山椒(こなざんしょう)・胡麻(ごま)・紫蘇(しそ)・陳皮(ちんぴ、みかんの皮)
              ・麻(お、あさ)の実・芥子(けし)の実・生姜(しょうが)・焙煎(ばいせん、火にかけて炒ること)
 

江戸の唐辛子売り
トウガラシの辛味成分は、果実の中で生成されるカプサイシン(capsaicin)というアルカロイドの一種です。カプサイシンの名前の由来は 学名・・てなんだ? のページでご覧ください。トウガラシを食べると、カプサイシンが舌や口の中の痛覚神経を刺激し、人間やチンパンジーなど発達した脳を持つ動物ではこれを辛味と感じるのだそうです。

そしてこの痛覚を和らげようとしてベータインドルフィンという物質を出すようになり、繰り返し食べると、この痛覚を快感と感じるようになるのです。さらに
カプサイシンを辛味調味料として食べ続けると、次第に慣れて、激しい辛味・激辛(げきから)でないとおさまらなくなります。

トウガラシを食べると、カプサイシンが口の中をはじめ全身に発熱感を起こします。また内臓感覚神経に働いて副腎からアドレナリンが多く出て発汗を促します。血行もよくなり、血圧も上昇します。水を飲むと一時的に口の中の痛覚は抑えられますが、すぐに元に戻ります。

また
カプサイシンは冷水にはほとんど溶けないので、辛味感は長く続き、激辛を食べた人は上を向いてハァハァと口を開け、辛味の静まるのを待ちます。この辛味のこらえ方の姿がワサビと対照的に違うところで、評論家O氏はこのトウガラシの辛さをこらえる姿が、熱しやすく能動的な韓国人の性情をよく表わしているといいます。 

カプサイシン
は体の皮膚に塗りつけても発熱感や痛みを感じます。粘膜にはとくに激しい痛みを起こします。この働きを利用して、冬の衣料品に保温剤として浸み込ませたり、催涙スプレーの成分にも使われたりするそうです。



トウガラシと同じ種(しゅ)・Capsicum annuum L.で、辛味成分カプサイシンを作らないのがピーマンです。辛味のないトウガラシの品種は古くからアメリカなどでできていて、明治以来日本に持ち込まれましたが、日本の環境に適せず、食材としての需要もなかったので、ほとんど栽培されませんでした。これらの品種が日本の辛味トウガラシと自然交雑して、獅子(しし)とうがらし伏見甘長などの辛味の少ない品種ができたと考えられています。

獅子とは、果実の先端が凹んでその真ん中が出っ張っている、この形が獅子舞(ししまい)のお面の顔に似ているからだそうです。
辛味の少ないトウガラシは、昭和の初めころまではあまり重要な野菜ではなく、獅子とうがらしとかお多福とうがらしなどと呼ばれていました

ピーマンと、辛味の少ないトウガラシの品種
ワンダーベル ゴールデンベル 京 波 ししとう 伏見甘

ピーマン・京みどり の
完熟果と未熟果
観賞用トウガラシ新品種
紫 炎

戦後になって、主にアメリカから sweet pepperと呼ばれる辛味のない多くの品種が導入されました。

 昭和30年ごろから改めて日本で品種改良されて、全く
辛味のないトウガラシができ、昭和30年代後半からピーマンと呼ばれるようになりました。

ピーマン
の呼び名は、西洋料理の食材名・フランス語のpimentから。日本で育成されたピーマンの品種は外国の sweet pepperよりも果皮の厚みが薄く、日本食に適した品種が多くなっています。普通は緑色の未熟果で収穫されますが、完熟すると赤または黄色になります。

ピーマンは牛肉や豚肉・鶏肉の料理によく合う野菜です。昔の日本料理は魚がメーンディッシュでした。魚肉にピーマンはあまり合いません。戦後、日本の食事が魚から畜肉中心に移るようになって、ピーマンの需要が急に増えました。

今では品種改良が進んで、外国の品種より果皮が薄く、形がやや長めの日本独特の
ピーマン品種が幾つも作られています。ただ、ピーマンが多く食卓に出るようになってから、ピーマン嫌いの子供さんが増えたそうです。でも、ビタミン豊富で日持ちのするピーマン、嫌わずに食べてほしいですね。

トウガラシには辛味品種やピーマンのほかに、果実の色の変化が美しい観賞用品種もあります。観賞用品種としては五色(ごしき)トウガラシ榎実(えのみ)などが有名ですが、近頃は果実の色彩が一段と美しく変化する新品種も育成されています。観賞用品種の果実にはカプサイシンが含まれているので辛味があります。



トウガラシが属するトウガラシ属(Capsicum 属)には、ほかにも栽培されている種(しゅ)があります。中南米に多いのですが、世界の熱帯・亜熱帯で広く栽培されている種もあります。

Capsicum属の栽培種
(属名をC.と略)
  C. frutescens
  (キダチトウガラシ)
  C. pendulum
  C. chinense 
  C. baccatum
  C. pubescens C.pendulumの一品種 C. chinense の一品種 C. frutescens の品種・タバスコ

 Capsicum frutescens (キダチトウガラシ)は日本でも沖縄県や小笠原諸島にあり、島唐辛子と呼んで栽培されています。C. frutescens のうち、もっともよく知られている品種はタバスコ(Tabasco) でしょう。タバスコの辛味は日本のトウガラシの2倍以上も強い激辛ですが、果皮の内外の表皮が厚くて乾燥しにくく、果実をつぶして加工したタバスコソースとして瓶詰めの辛味調味料にされます。



日本では、昔からワサビサンショウショウガなどの辛味をもつ食材が伝統的に利用されてきました。辛味ダイコンなどの辛味も食通の人たちに珍重されてきました。でも、現代では洋風料理の広がりにつれてトウガラシの辛味を好む人々が多数派になってきています。ワサビも中高年者に好まれ、辛味の二極化が進んでいるようです。

一方、長年
トウガラシを多食してきた韓国では、対照的に異なるワサビの辛味を好まない人が多いと聞いています。

歌手・キム・ヨンジャさんが会得した、要所を抑え目に歌う演歌・歌謡曲の歌い方は、人生の哀歓を経験してきた高年層には受けていますが、若い人たちにはどうなのでしょうか ?

若い人たちの好む歌は、歌詞もメロディも歌い方も演歌・歌謡曲のそれらとは大違いで、とくに歌い方では、歌詞のうち、つらい心を歌う箇所も、悲しい気持ちを表現する部分も、声を限りに大声で歌っているように聞こえます。「
日本は山葵、韓国は唐辛子」とばかりは言えなくなってきているのではないでしょうか。
   
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歌の世界のことばかりではありません。日本人と韓国人との国民性や心情の違いについて野菜こぼれ話 第十三話・日本人は山葵? で紹介した評論家O氏の説も、時代とともに当てはまらなくなってきているようです。

敗戦後、道徳規範を失った日本では、中若年層の大半で儒教道徳も武士道精神も知られなくなり、人情はいくらか残っているものの、現在では、日本人の美徳とされた辛抱強さや礼儀の正しさや正義心は急速に失われ、権利の主張と法律スレスレと損得勘定が人生の物指しになってきているようです。

評論家O氏は、一部の人の間だけで慣習や行事として続いている昔の日本の残像を見ているように思えてなりません。今のままでは「日本人みんな唐辛子」ということになってしまいそうです。



 このページの制作にあたっては、歌手キム・ヨンジャさんの写真を 同氏のオフィシャルサイト から、トウガラシ・ピーマンの品種の写真の一部を タキイ種苗株式会社 から、香川本鷹の写真を 香川県中讃農業改良普及センター から、転載させていただきました。各位のご厚意にあつくお礼申し上げます。
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