野菜・昔ばなし

        

                 第四話 篠村の平茸
これは宇治拾遺物語(うじしゅういものがたり)の第一巻第二話にあるお話です。宇治拾遺物語は鎌倉時代の初期に作られた説話集で、書き方は今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)によく似ていますし、同じ内容のお話もあります。また、篠村(しのむら)は京の都から山陰道を西へ進んで、老ノ坂(おいのさか)を越え、昔の丹波国(たんばのくに)に入ったところにあり、今は京都府亀岡市篠町となっています。では、昔の篠村にどんなヒラタケが生えていたのでしょうか。

篠村の長老たちの夢
現在の亀岡市篠町周辺地図
昔々、丹波の篠村ヒラタケが食べきれないほどよく採れる村でした。

秋になると、村人たちは山に入って採ったヒラタケを人にも贈り、自分たちもたくさん食べていました。

ある
年の秋の終わりのころ、村の長老たちの夢の中に、数十人の法師が現われてお別れのあいさつをしました。

村人は、何人もの人が同じ夢を見たと聞いて不思議に思いながら、やがてその年も暮れました。

さて、翌年の秋が来ました。例年ヒラタケが出る時期なので、皆が山へ採りに入りましたが、ヒラタケは全く見当たりません。

毎年あれだけたくさん採れていたのにどうしたことかと村人はますます不思議に思いました。

そのうちに、この村へ
仲胤僧都(ちゅういんそうず)という説法の大変上手な徳の高い坊さんがおいでにな

「行いや心が不浄のままで人に説法した法師が、ヒラタケに生まれ変わるということがあるのですよ」

と言われました。 
                
   ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・ 
・  ・  

このお話の原題は
「丹波の国篠村平茸生ふる事」といいます。不浄説法をした僧侶がヒラタケに生まれ変わるというのは宋(現在の中国)の禅僧・道原が1004年に著わした「景徳伝燈録」という書物に出ているそうです。仲胤僧都もこれを読んで知っていたのでしょう。

今までヒラタケに変身していた法師たちが、どうして元の僧の姿に戻れたのかは書いてありません。おそらく長い年月ヒラタケになっている間に、反省ができたのでしょう。

また、これからこの僧たちがどこへ行くのかも書いてありませんが、これからは心も行いも清浄な僧として修行を重ね、立派な説法者になろうと再出発していくのだと思いたいですね。

                  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・  ・

篠村八幡宮本殿
画像をクリックすると大きくなります
宇治拾遺物語の説話の数は今昔物語集の2割くらいしかありませんが、世俗説話が多くて内容が面白いの
足利尊氏
です。この「篠村の平茸」の次の第一巻第三話は、有名な瘤取り爺さんのお話なんですよ。

宇治拾遺物語が成立してからおよそ120年後。北条氏の部将として大軍を率いて上洛した足利尊氏(あしかがたかうじ)は、この篠村の神社・篠村八幡宮
(写真)後醍醐(ごだいご)天皇方に転ずると宣言して北条政権に反旗をひるがえし、諸国の武士団に檄(げき)を送りました。そして建武(けんむ)の新政を実現させ、この村の名を歴史に残しました。



しめじの名で市販されるヒラタケ
きのこは植物分類上、カビと同じ仲間の菌類に属します。この中の担子菌類(たんしきんるい)と呼ぶグループの形成する子実体(しじつたい)という器官が、俗にきのこと呼ばれています。子実体というのは菌糸(きんし)が集合してできる繁殖器官で、多くは傘のような形をし、裏側にたくさんの胞子を作ります。

野菜として食べられるきのこは、大別して菌根菌(きんこんきん)と木材腐朽菌(もくざいふきゅうきん)に分けられます。ヒラタケは木材腐朽菌の1種で、山に自生しているものを昔から食用にしてきました。今は人工栽培ができるようになりました
(写真)が、しめじの名で売られていることが多いようです。

古典文学の中でのヒラタケは、今昔物語集では役人の強欲さを示す材料になったり、平家物語では木曾義仲(きそよしなか)の野卑さを示す場面に使われたり、このページのお話では不浄説法した僧侶の変身した姿にされたりしています。なんだか可哀相ですね。
 
 <ことば豆辞典>

【菌根菌】 生きた樹木の根に着いて菌根を作って共生する菌類。マツタケやホンシメジなどがこれに当たる。人工栽培ができない。
【木材腐朽菌】 弱った木や枯れた木に寄生して菌糸をはびこらせる。シイタケ・ヒラタケ・エノキダケなどがこれに当たる。人工栽培ができるので大量生産されている。

ヒラタケは、古典文学では悪者のシンボルにされ、現代では しめじ の名で売られるなんて、悲しいですね。栽培しめじをお買いになったらラベルをよくご覧ください。どこかに ヒラタケ と小さく書いてありますから。



                       このページには、篠村八幡宮のご厚意により社殿の写真を掲載させていただきました。

  前のページ   次のページ    目次ページへ   トップページ