野菜・昔ばなし

                      第十話 不倫の筍
ハチクの筍
再び「源氏物語」のお話です。第五話「夕顔一夜花」の光源氏はまだ17歳の若さでした。その後、源氏は最愛の妻となる紫の上と出会います。正妻・葵の上の急死ののち、源氏は紫の上を迎え入れますが、ほかにも父君・桐壷帝(きりつぼのみかど)の女御(にょうご)・藤壷や次の天皇・朱雀帝(すざくのみかど)の尚侍(ないしのかみ)朧月夜(おぼろづきよ)と密会を重ね、これが災いして源氏は失脚、須磨・明石へ退去します。

2年半ほど経て赦免された源氏は都に戻り、28歳で再び政治の表舞台に立ちます。それからは権大納言(ごんだいなごん)、内大臣(ないだいじん)、太政大臣(だいじょうだいじん)と昇進、ついに准太上天皇(じゅんだいじょうてんのう)にまで上りつめ、権勢並ぶ者のない人物になってゆきます。

一方、
夕顔の遺児で乳母と共に一旦九州に下った玉鬘(たまかずら)は美しく成長し、不思議な縁(えにし)で都に戻って源氏の養女になりました。この第十話は源氏49歳のころ、当時としては晩年の時期の出来事です。不倫の筍(たけのこ)とはどんな筍でしょうか?
朱雀院(すざくいん)は早くから皇位を譲って西山に隠棲しますが、最愛の娘・女三の宮(おんなさんのみや)の将来が心配で、源氏に妻として迎え入れ、後ろ盾になってくれるよう懇願します。年齢が親子以上に違うこの縁談を源氏は断りますが、ついに断りきれなくなって引き受けてしまいます。しかしあまりに年齢が離れているので一緒に過ごすことは少なく、女三の宮にはさびしい日
女三の宮を垣間見る柏木
     
々が続きました。

このころ、かっての頭中将(とうのちゅうじょう・
野菜昔ばなし・第五話・ことば豆辞典参照)の子の柏木(かしわぎ)は女三の宮の姉・女二の宮と結婚していましたが、美しい女三の宮を偶然垣間(かいま)見て心を奪われ、煩悶の末、侍女に手引きを頼んでついに思いを遂げ、女三の宮は柏木の子を宿してしまいます。

女三の宮の懐妊を知った源氏は不審に思い、隠された柏木の恋文を見付けて、二人の密通を察知します。源氏に睨まれた柏木は事の露見を知って恐ろしさのあまり病気になり、翌年帰らぬ人となってしまいます。

一方、女三ノ宮は男の子を出産しますが、罪の意識にさいなまれて食事ものどを通らず痩せ衰え、心配して見舞いに訪れた父・朱雀院に頼んで柏木の死に先立って出家してしまいました。

生まれた男児は、源氏の計らいで乳母によって育てられ、美しく可愛らしく育ってゆきます。ある日朱雀院から筍やほかの山菜が贈られて来ました。器に盛られた筍を見つけたこの子は、そのひとつをつかんで生えかけた歯で噛みついてしずくを垂らしながら這い回っています。その可愛らしい姿を見て源氏は右の歌を詠みます。
 
筍をつかんで食べようとする薫を眺めて歌を詠む光源氏
歌の意味は、

  「いやな出来事を忘れることはできないが、生まれた子は可愛くて捨てるわけにはいかないものだな」

ということでしょう。この歌の中に筍が詠み込まれ、その縁語のふし(節)も入っています。また、くれ竹(呉竹)とは中国の呉(ご)から渡来した竹をいい、ハチク(淡竹)の別名ともいわれますが、それと重ねて、皇居清涼殿(せいりょうでん)東庭に淡竹が植えてあることから、皇女・女三ノ宮を指してもいます。

源氏は自身もまた、かって父・桐壷帝の藤壺女御(ふじつぼのにょうご)と同じ間違いを犯したことがあります。紫式部は、高貴な身分の源氏に妻の不倫で生まれた子を抱かせ、名目だけの親となった苦渋の心と生まれ出た幼児の無邪気な姿とを、筍に託して対照的に描きました。めぐる因果を振り返り、移り行く世を回想し、次第に老いてゆくわが身を嘆く光源氏。

チューさんは「横笛の巻」のこの場面が長編小説「源氏物語」のクライマックスシーンだと感じています。そしてこの幼児が成長してのち、「源氏物語」第3部の主人公の一人・(かおる)となるのです。

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「源氏物語」は、高貴な身分の美男子の恋愛遍歴話のようにいわれますが、底に流れる文学精神は「もののあわれ」ではないでしょうか。「もののあわれ」とは、季節や人生の移り行きに対するしみじみとした感情を表現した美しいことばです。そしてその思いをもっともよく現わしたのが、この筍の場面だと思います。

 <ことば豆辞典・その1>

【尚侍】 
内侍司(ないしのつかさ)の長官。天皇に近侍して事務をつかさどる職務。事実上は女御に準じて天皇の後宮に列する。
権大納言】
定員外の大納言。大納言は大臣に次ぐ地位で大臣と共に国政に参与する。
内大臣】 
昔は左右大臣に次ぐ大臣職。明治以後は宮中で天皇を補佐する重臣。1945年の敗戦により廃止。
太政大臣】 
関白と並ぶ最高の官職。天子の道徳の師、民の規範とされ、具体的職務は明記されず、名誉職的な官職とされる。適任者のないときはおかれない。

准太上天皇】 
太上天皇は上皇の正式名称。天皇が譲位したのち上皇となる。准太上天皇とは上皇に准ずる位。
【朱雀院】 
院は上皇の御所の意。転じて上皇自身を指す。朱雀帝譲位後の称。
【女御】 
昔の天皇の妃で皇后・中宮に次ぐ称号。昔ばなし第三話の<ことば豆辞典>参照
【清涼殿】 
昔の宮中での天皇の日常の居所。皇子・皇女もこの建物に住むことがある。

  「源氏物語」の本文や現代語訳は、渋谷栄一氏のホームページ「源氏物語の世界」に全編掲載されています。 



淡竹の筍(上)と孟宗竹の筍(下)
現代では主にモウソウチク(孟宗竹)の筍が食べられています。でもモウソウチクは江戸時代になってから琉球(りゅうきゅう・今の沖縄県)を経由して薩摩(さつま)に入ったもので、鹿児島市の磯庭園(いそていえん・野菜こぼれ話・第七話参照)には原株の子孫が江南竹林として残されています。

ハチクの筍
平安時代に食べられていたのはハチクマダケ(真竹)の筍でした。

チクは古代に中国から渡来し、筍を食べるほか、マダケよりも細工しやすいので茶筌(ちゃせん)や提灯(ちょうちん)の骨の材料として使われています。

ハチクの筍はモウソウチクより細いのですが、独特の風味があり苦味がなくえぐ味も少ないので、今でも広く食べられています。

筍は日本古典文学で最初に登場する野菜です。最古の古典・古事記(こじき)には、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が黄泉国(よみのくに)から逃げ帰る途中、髪に挿した櫛の歯を折り取って投げたのが筍になり、追いかけてきた黄泉醜女(よもつしこめ)がそれを食べている間に逃げ延びた、と書いてあります。
筍は日本民族にとって特に付き合いの永い野菜なのです。

 <ことば豆辞典・その2>

磯庭園】
島津家別邸の庭園。現在は御殿とあわせ仙巌園として鹿児島の観光名所。
古事記】 
712年成立のわが国最初の歴史書。第七話の<ことば豆辞典>参照。

伊弉諾尊】 日本神話で伊弉冉尊(いざなみのみこと)と共に国生みと神生みを行った男神。天照大神(あまてらすおおみかみ)の親神。
黄泉】 死者の国。冥土と同義。中国で死者の赴くところを黄泉と言った。
黄泉醜女】 
黄泉国にいる鬼女。
このページの作成に当たっては、淡竹と孟宗竹の筍の写真を 「愚為庵と大地農園」 から、淡竹の筍の生えている写真を 「自然なろはす」 から、御二方のご厚意により転載させていただきました。竹の種類などについては、渡邉政俊氏の 「竹・bamboo Home Page 」 に詳しい解説があります。 茶筌については 久保左文氏のホームぺージ をご覧ください。


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