野菜・昔ばなし

 

                    第十一話 子だねの蕪
 「今昔物語集(こんじゃくものがたりしゅう)にはたくさんの説話が集められています。仏教の教えに基づいた教訓的な説話もあれば、一方、とても俗っぽいお話もあります。第十一話と第十二話とで、その両極端ともいえる昔話について、野菜を題材にしたものをご紹介しましょう。では、まず第十一話・(かぶら・かぶ)の世俗説話からどうぞ。
 
東國へ赴く男
昔々、京の都から東国(とうごく)へ旅するひとりの若い男がいました。この男は都の役所に勤める若者。

両親には早く死に別れ、兄弟もなく、家柄や身分も低いのですが、まじめな性格と仕事熱心が認められ、東国での数年間の役職を与えられて赴任の途中です。

まだ妻子もなく、従者を与えられるほどの身分でもなく、ひとり馬に乗っての旅です。

季節は晩秋ながら、暖かい日差しの中を赴任先へと駒を進めています。あたりは農家が点在し野菜畑が広がる豊かな農村地帯。近くにとくに大きな萱葺き屋根が見えます。このあたりいちばんの豪農の家らしく、多くの使用人が畑に出て働いています。

ところがこの家の前に近づいたとき、真昼間というのにどういうわけか、この男は急に女が欲しくてたまらなくなりました。若い身とはいえ、今までこんな気持ちになったことはありません。

たまらなくなった男が馬から下りて辺りを見回すと、畑一面に青菜がよく茂っていて、豪農の屋敷の垣根のうちには大きな蕪がいくつも出来ていました。男は蕪の一つを採って土をぬぐい取り、小刀で穴をえぐり、これを女に見立てて性欲を満たしました。
走り去る男

           
蕪を見つけた豪農の娘
そのとき、この家の主人が青菜を収穫するために下女たちを連れて家から出てきたので、男はその蕪を垣根の中へ投げ入れて、急いで走り去りました。

下女たちと一緒にこの家の娘も出てきました。年のころは15歳くらい、この家の一人娘です。

垣根のそばを見ると穴の開いた蕪が転がっています。不思議に思った娘はしばらくその蕪をもてあそんでいましたが、どう思ったのか、皮を欠き裂いて蕪を食べてしまいました。

 
その後、この娘はなんとなく気分がすぐれないようになったので、父親も母親もどうしたのかと心配していたところ、月日がたってなんとまあ妊娠していることが分かりました。両親はひどく驚いて、
 
     「お前は何をしたのか。相手は誰じゃ」
と問いただしました。娘は
 「わたし、男のそばへ寄ったこともないわ。心当たりといえば、しばらく前に垣根のそばに落ちていた穴の開いた蕪を食べたことがあるわ。そのあとからからだの具合が変になってこんなになったの」
といいました。親は納得がいかず、仕えている下女たちにも尋ねましたが、

   「お嬢様が男のそばに寄ったことなど、決してございませぬ」

というので、仕方なく日が経ってゆきました。そして数ヵ月後、月満ちて、娘は安らかに玉のような男の子を産みました。もはや娘に婿をとることもできず、両親はふたりを養い育てていました。

   
 
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出世して都へ帰る男
それから数年後、東国へ下ったかの男は任期を終えて都へ帰る途中、再びこの村へとやってきました。今は出世して、何人もの従者を連れての帰還です。

季節も以前と同じ晩秋のころで、娘の両親は使用人と一緒に家の前の畑に出ていました。男はこの家の前に差し掛かると従者の一人に

「おお、そうだ、東国へ赴く途中、この家の前でなぜか急に催して我慢ができなかったので、この垣根の中の大きな蕪をひとつ取って穴を掘って、それと交わってから垣根の中へ投げ入れたことがあるぞ」

と笑って話しました。これを聞いた娘の母親は
「さてはこれぞ!・・・」と表に出て、

 
「もし、そこのお方。あなた様のお話聞きました。ぜひお知らせしたい大事なことがございます。家の中へお入りくだされ」

男、わが子と対面
と、泣かんばかりに言います。男は蕪をひとつ盗んだのをとがめられたと思って言い訳をしますと、母親は

「そんなことではない、もっともっと大事なことですわ」

と涙を流し、馬から下りた男の腕をつかんで家の中へと連れて行きます。
 
家に入った母親は、
「実はこういうことがあったのです」と事の次第を話しました。

そして子供と対面させますと、五歳くらいの可愛い盛りの子の顔立ちは男と瓜二つ、次いで現われた娘は二十歳ほどで鄙(ひな)にはまれな美人です。

事情を知った男は、以前に何気なく行なったことが思いがけない結果を招いたことに強く心を打たれ、深い因縁を感じました。

 [自分は京に帰っても親兄弟も頼むべき親類もない。これはよほどの宿縁(しゅくえん)のあることに違いない。よし、この娘を妻としてここに留まり、この家の者となろう]

と決意して従者に後事を託し、入り婿となってこの地に住み着きました。

物語の最後は次のような言葉で終わっています。

これは本当にめずらしいことだ。男女は交わらなくても女の体に子だねが入れば、このように子ができるものだ、と語り伝えているという


 
     
大カブ

このお話の途中では、いやらしい、気持ち悪い、と感じられた方もおいででしょう。でも終わりまで読みますと、人間の何気ない行いが思いがけない結果をもたらし、それによって人の運命も大きく変わることがあるのだ、という教訓を示す説話になっています。

話の中の男は、この土地に住みつき妻子と暮らして、都に帰って役人を続けるよりもはるかに幸せで豊かな人生を送ったことでしょう。

<ことば豆辞典>

 【東国】
近畿より東の、北陸を除く諸国。時代によって範囲が異なる。
 【豪農】
多くの土地・財産を持ち、その地方で勢力のある農家。
 【宿縁】
前世からの因縁。


カ ブ の 品 種
聖護院蕪(大カブ) 天王寺蕪(中カブ) 金町小蕪(小カブ) 本紅赤丸蕪(赤カブ) 津田蕪(赤カブ)

カブやハクサイなどのアブラナ科の野菜の多くは地中海沿岸地帯が原産地とされています。それらが太古の時代に中国に入って栽培され、そのうちカブやタカナなどは日本にも渡ってきました。

日本書紀
(野菜昔ばなし第七話・ことば豆辞典参照)には持統(じとう)天皇の項にカブの栽培を奨励する記事があります。その後カブは根が肥大するものと根が太らないで葉を収穫するものとに分かれ、日本各地に土着して多くの品種が成立しました。春の七草では「すずな」と呼ばれています。

現在の大カブの代表品種は聖護院(しょうごいん)で、元は京都市郊外の聖護院周辺で栽培されていました。晩生で品質が良く、薄く切って京都名産の千枚漬に加工されます。上記の昔話では話の内容からカブのおよそのサイズがわかります。平安時代にもうすでに大カブがあったのですね。


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