学名てなんだ?
北ヨーロッパ

学名(がくめい)てなんだ? 学者というのは、わかりやすいことをわざとわかりにくいように言うので嫌いだ ! という人がいます。確かにそういう点もあります。たとえば、野菜の名前ならキュウリとかダイコンといえばわかります。こういう日本語の名前を和名(わめい)といいます。でもそれは日本の中だけで通用する言葉で、外国人にはわかりません。世界中のどの人にでも間違いなく伝えるためには、世界共通の言葉が必要です。学名とは、生物に付けられた世界共通の名称なんです。

学名を付けるには定まった規則があって、ラテン語で書くと決められています。この規則は、それぞれの生物分野の命名規約によって取り決められています。植物には「国際植物命名規約」があります。動物には「国際動物命名規約」、細菌には「国際細菌命名規約」があります。


リンネ肖像


 学名の提唱者リンネ

では、こんな規則を定めて、学名を付けることを始めた人はだれでしょう。それはスェーデンのカール・フォン・リンネ(Carl von Linne)という人です。

リンネは今から300年ほど前に、聖職者の家庭に生まれました。学者となったリンネは、それまでまちまちだった生物の名称を二名法というわかりやすい命名方式によってラテン語で書くことを提唱し、これが世界中に受け入れられて現在に至っています。この業績によって、リンネは生物分類学の父と呼ばれています。

2007年5月、リンネの生誕三百年の記念式典があり、日本からは天皇・皇后両陛下が出席され、天皇陛下は基調講演をなさいました。それほどに、リンネはスエーデンが世界に誇る人なのです。

天皇陛下のご講演全文は宮内庁ホームページの「おことば・記者会見」欄にあります。


学名の書き方・二名法

生物の分類では、グループ分けを、門(もん)・綱(こう)・目(もく)・科(か)・属(ぞく)・種(しゅ)の順に小さく絞って行くのだと野菜の種類はいくつ?のページでお話ししました。たとえばキュウリをこのグループ分けでたどると、

   被子(ひし)植物門双子葉(そうしよう)植物綱ウリ目ウリ科キュウリ属キュウリ

 野菜名    キュウリ(胡瓜)
 種 名  和 名  キュウリ
 学 名 Cucumis  sativus  L.

となります。これは和名で表現した例です。この最後の種の名前・キュウリをラテン語の学名で書くと、 Cucumis  sativus  L.  となります。最後の L.は命名した人の名前で、これを別にすると種の名称は二つの語からできています。キュウリの場合は Cucumis  sativus です。 Cucumis はラテン語で「瓜」、sativus は「栽培している」の意です。

この命名法は二名法といわれ、日本での人名の付け方と同じ方法で、Cucumis が苗字、sativus が名前、合わせて氏名、となるのと同様です。 Cucumis 属名(ぞくめい)、 sativus種小名(しゅしょうめい)といいます。属名と種小名を合わせたのが種名(しゅめい)です。

属名は名詞、種小名は形容詞が主に使われます。字体はイタリック体(斜体文字)を使うのが正式です。

種の学名の初めの部分の属名とは、分類上の位置が近い種をまとめた分類単位・属の名称です。同じ属に分類されている全ての種で共通の名前です。キュウリと同じ
Cucumis 属に入る野菜には、マクワウリシロウリメロンなどがあります。

キ ュ ウ リ 以 外 の Cucumis野 菜 の 名 称
野菜名 シロウリ(越瓜) マクワウリ(甜瓜) ネットメロン
学 名 種 名 Cucumis  melo  L.
変種名 var.conomon Mak . var.acidulus Naud. var.reticulatus Naud.
グループ名 conomon group makuwa group reticulatus group

命名者の名前を書き加える場合は、種小名の次にラテン名で書きます。リンネの場合も Linne ではなく、ラテン名の Linnaeus と書くのが正式です。ただ、リンネやその弟子のツンベルク(Thunberg)のように多くの動植物を命名している有名な人の場合は、Linnaeus L.、 Thunberg Thunb. のように略して書くのが慣例として認められています。ただし L. のように一字だけで書くのはリンネだけです。

生物分類学での命名は種名までが基本ですが、さらに亜種(subspecies)・変種(variant)・品種(forma) と細かく分類することがあります。その場合、亜種名等は、属名+種小名のあとに、種小名と同様に斜体ローマ字の小文字で書きます

 属名+種小名+ssp.または subsp.+亜種名
 属名+種小名+var.+変種名 (記載例 Lilium leichtlinii Hook var. maximowiczii Bak コオニユリ)
コオニユリ
 属名+種小名+「f.」+品種名

日本の園芸学会では、野菜名一覧の記載のように、変種名を書かないでグループ(group)名で分類するようにしています。また園芸分野では、園芸品種名を下記のように引用符で括ったり、記号cv.を付けてローマ字で書いたりすることもあります。cv.は cultivar(栽培品種)の略です。

 属名+種小名+‘園芸品種名’       属名+種小名+cv.+ 園芸品種名


 学名に使う言語・ラテン語

ローマ帝国版図の拡大     紀元前133年(赤)
紀元前44年(橙色)   14年(黄)   117年(緑)

ラテン語は、大昔のイタリア中部に住んでいたラテン民族の使っていた言語です。文字はローマ字で、英語のアルファベットとほとんど変わりありません。

ラテン民族が建国した都市国家ローマは、西暦紀元前1世紀ごろイタリア半島を統一し、さらに地中海周辺一帯に勢力を広げる大帝国に発展しました。最大期の領土は、東は現在のイラク、西はポルトガル、南はエジプト、北はイギリスにまで及んでいます。

そして、ラテン語がローマ帝国の公用語になったことから広い範囲に広がり、ローマ帝国滅亡後もキリスト教ローマ教会の公用語として使われました。今でもバチカン市国の公用語はラテン語です。

現代では話し言葉として使われている国はありませんが、欧米では共通の古文として多くの国の学校で教えられています。日本で言えば、漢文にあたるものといえましょうか。


 日常使われているラテン語

欧米では、ヨーロッパ古代語であるラテン語由来の言葉や文字がたくさんありますが、日本でも日常的に使われているラテン語があります。そのいくつかを表示してみました。

言葉・文字 ラテン語の記述 ラテン語の意味
アドリブ  ad lib.(ad libitiumの略)  即興
アリバイ  alibi  他の場所
エ ゴ  ego  私、自我
ファクシミリ  facsimile  似せて作る
ウィルス  virus  毒
ミサイル  missile  投げられるもの
etc.(エトセトラ)  et cetera(正しい発音はエトケテラ)   その他
vs (ヴァーサス)  versus  対 (A vs B)



学名の命名

生物の新種を発見して学名を命名するには、国際命名規約に基づいて、その種の特徴、近縁種との区別を明確に示した「記載論文」をラテン語で書いて発表し、標本を提出しなければなりません。この手続きには専門的知識が必要ですから、発見者が命名者になるとは限りません。その論文を発表した人が命名者になります


 
学名が元になっている名称


  花の名前は学名の属名をそのまま使う場合が多い

 古くからの和名がある草花や花木などはそのままの名で呼ばれてますが、新しく導入された洋種の草花などは、学名の属名をそのまま花の名前にしているのが多いようです。属名はギリシャ語由来の名も多く、人名や地名から付けられたものもあります。例をいくつか挙げてみましょう。【ギ】はギリシャ語が元になっている属名です。

アゲラタム アネモネ インパチエンス クロッカス ゴデチア スカビオサ

花 の 名 属 名 語  源 和 名
アゲラタム Ageratum  【ギ】ageratos は不老の意 大かっ香薊
アネモネ Anemone  【ギ】風の娘またはギリシャ神話の美青年の名 牡丹一華
インパチエンス  Impatiens  果実に触れるとはじけることから不忍耐の意 アフリカ鳳仙花
グラジオラス Gladiolus  gladium(剣)から。葉が剣状に尖っているので 阿蘭陀菖蒲
クレマチス Clematis  【ギ】clema(若枝)から 鉄線・風車
クロッカス Crocus  【ギ】croke(糸)から。めしべが糸状だから -
コスモス Cosmos  【ギ】cosmosは飾りの意 秋桜
ゴデチア Godetia  人名・スイスの C.H.Godet の名から 色待宵草
サルビア Salvia  この属は薬草が多く、salvare(治療)から 緋衣草
シクラメン Cyclamen  【ギ】cyklos(円)から。球根の形が球形 篝火花
スカビオサ Scabiosa  scabiea(疥癬)から。この属は皮膚病の薬草 洋種松虫草
ダリア Dahlia  人名・リンネの弟子 Andreras Dahl の名から 天竺牡丹
バーベナ Verbena  ある種の宗教上神聖な草の名から 美女桜
フクシア Fuchsia  人名・ドイツの植物学者 Leonhard Fuchs から   釣浮き草
プリムラ Primula  primos(最初)の意。春に他の花より早く咲く 常盤桜
 フリージァ  Freesia  人名・19世紀ドイツの医者 H.th.Freese から 浅黄水仙
ベゴニア Begonia  人名・サンドミンゴ総督 Michel Begon から -
ペチュニア Petunia  タバコのブラジル先住民名 petum から 衝羽根朝顔
ルピナス Lupinus  lupus(狼)から。どこでもたくましく育つから 昇り藤
 
バーベナ フクシア フリージァ ベゴニア ペチュニア ルピナス


 植物から採り出した成分の名は、属名を元に命名することが多い

植物にはさまざまな化学成分が含まれています。人にとって有用なものもあれば、毒物質もあります。それらの成分の名称は、含有植物の属名の語尾をinに変えて命名することが多いのです。幾つかの例を挙げてみましょう。

アスパラガス ニンニク
トウガラシ ジャガイモ
タバコ トマト
アスパラギン(asparagine)・・・・・たんぱく質を構成するアミノ酸のひとつ。アスパラガス(属名 Asparagus )から初めて単離されたのでこの名が付いた。Asparagusの語源は、甚だしく裂けると云う意味のギリシャ語の古名 asparagosで、枝葉が細く分枝することから命名。

アリシン(allicin)・・・・ネギニンニクなどの匂いの元になっている成分。硫化アリルとも呼ぶ。殺菌作用やビタミンB1の吸収をよくする等の薬理効果がある。ネギ類の属名 Allium から命名。 Allium はニンニクの古いラテン名。語源は「匂い」と云う意の alere または halium からといわれる。

カプサイシン(capsaicin)・・・・・トウガラシの辛味成分。痛覚神経を刺激して辛味を感じさせ、発熱感を起こす。トウガラシの属名 Capsicum から命名。 Capsicum はギリシャ語由来の capsa(袋)から。トウガラシピーマンの果実が中空で袋状になっているのを指した名。英語の capsule(カプセル)もこの語から。

ソラニン(solanine)・・・・・ジャガイモの芽や緑化した表皮に含まれるアルカロイドの一種。神経に作用する毒性を持ち、中毒すると頭痛・嘔吐・胃炎などの症状を起こす。ジャガイモの属名 Solanum から命名。 Solanum は、意味不明のラテン古名。一説にはこの属の植物に鎮痛作用を持つものがあるので,solamen(安静)から付いた名ともいう。

ニコチン(nicotine)・・・・・神経毒性が非常に強いアルカロイドの一種。ナス科タバコ属植物の葉に含まれる。タバコの属名 Nicotiana から命名。Nicotiana は、1550年にタバコのタネをパリに持ち帰ったフランス人外交官・ジャン・ニコ(Jean Nicot)に由来する。

リコピン(lycopene)・・・・・トマトや柿の果実の赤色色素。カロテノイドの一種。抗酸化作用が強く、癌や動脈硬化の予防に高い効果が期待でき、老化防止に役立つとされる。トマトの属名 Lycopersicon から命名。 Lycopersicon はギリシャ語由来の lycos(狼)と persicon(桃)の合成語で「味の悪い桃」の意。
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学名など知らなくても、野菜作りや花作りに困ることはありません。でも、ガーデニングを楽しむなら、それぞれの種類の呼び名のいわれなどを知ることで一段と楽しみが増すものです。学名に限らず、知識を増やすことは人生を楽しくしてくれるものでございます。あっ、これは昔のNHKテレビ番組「面白ゼミナール」の鈴木健二氏の台詞でしたね。



 このページの制作にあたって、草花の写真をSuehiro氏のボタニックガーデンから、アスパラガスとタバコの写真を群馬大学・青木氏のBotanical Gardenから、野菜の写真の一部をタキイ種苗株式会社のカタログから、転載させていただきました。また、ラテン語の学名の解説は、桜田氏のGNLからこんにちはを参考にさせていただきました。各位のご厚意にあつくお礼申し上げます。

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